映画レビュー:国宝 ― 二人の芸術家が辿る、栄光と孤独の物語

公開年:2025年

監督:李 相日

ジャンル:ヒューマンドラマ/芸術/青春

作品概要

『国宝』は、吉田修一の同名小説を原作に、監督・李相日が丁寧に映像化した壮大な人間ドラマです。 主演の吉沢亮と横浜流星が、人生と芸術に翻弄されながらも互いを支え合う二人の青年を演じ、 芸術とは何か、人を愛するとはどういうことかという普遍的な問いを突きつけます。 李相日監督らしい繊細な人間描写と、静かな激情を宿した演出が光る作品であり、 一枚の絵のように構築された映像は、まるで時間そのものが息づいているようです。

歌舞伎という伝統芸術を背景に、時代を超えて受け継がれる“美”と“業”。 華やかな舞台の裏に潜む孤独、そして人間の尊厳に焦点を当てたこの映画は、 李相日監督の代表作『悪人』『怒り』に通じる重厚な感情のうねりを持ちながらも、 その奥には静かで崇高な祈りが感じられます。

あらすじ

主人公・立花喜久雄(吉沢亮)は、名門歌舞伎一座の家に生まれ、幼いころから芸の道を叩き込まれた若き天才。 一方で、彼の人生に深く関わるもう一人の青年・大垣俊介(横浜流星)は、貧しい家庭に育ちながらも真摯に芸を追い続ける努力家です。 二人は少年時代に出会い、互いの存在に刺激を受けながら、やがて“舞台”という世界の頂点を目指して歩んでいきます。

しかし、才能と努力が交錯するその関係は、やがて嫉妬と孤独、そして深い愛情へと変化していく。 華やかな舞台の光の裏に、無数の影が落ちている――。 時代の流れとともに、芸術家としての喜久雄は国宝級の存在となる一方で、俊介との関係は次第にすれ違い、心の亀裂が深まっていきます。 それでも、二人をつなぐ“芸”という絆だけは決して切れることはありませんでした。

キャストと演技

吉沢亮は、立花喜久雄という複雑な人物像を見事に体現しています。 芸の才に恵まれながらも、孤独に耐え続ける姿には、彼がこれまで培ってきた表現力の深みが見て取れます。 一方の横浜流星は、大垣俊介の情熱と不器用さをリアルに表現し、スクリーン上で吉沢と圧倒的な化学反応を生み出しています。

脇を固める俳優陣も豪華です。高畑充希演じる福田春江、寺島しのぶの大垣幸子、森七菜の彰子、三浦貴大の竹野―― それぞれが芸術と人間のはざまで揺れる登場人物たちを繊細に演じています。 特に永瀬正敏や田中泯といったベテラン勢が放つ存在感は圧倒的で、伝統と革新が同居するこの作品のテーマを象徴しています。

作品の魅力

『国宝』の最大の魅力は、「芸術」と「人間」の関係性を深く掘り下げている点です。 芸を極めようとする者が避けられない孤独、そしてそれでも誰かを想うことの痛みと美しさ。 李相日監督は感情の起伏を過剰に描かず、沈黙や視線、光と影のコントラストで語らせます。 カメラのフレーミング、衣装や照明の使い方すべてが、人物の心情と呼応しており、 映像そのものが詩のようなリズムを持って観客を包み込みます。

また、舞台シーンの撮影は圧巻で、伝統芸能の息づかいをそのままスクリーンに写し取っています。 特に吉沢亮と横浜流星が対峙するクライマックスの舞台は、まるで現実と虚構が溶け合うかのような緊張感に満ちています。

音楽について

音楽を手がけたのは作曲家・原摩利彦。静謐でありながら重層的なサウンドが、本作の感情のうねりを支えています。 ピアノとストリングスに和楽器の音色を織り交ぜ、伝統と現代が交錯する物語にふさわしい音世界を構築。 シーンごとに異なる旋律が、登場人物の心情を繊細に反映しています。

主題歌「Luminance」は、原摩利彦の作曲に坂本美雨が詞を提供し、King Gnuの井口理が歌うという異色のコラボレーション。 柔らかな旋律と透き通る歌声が、喜久雄と俊介の関係を象徴するように流れ、 作品全体を優しく包み込むような余韻を残します。 李監督の過去作『怒り』や『悪人』のように、音楽が物語の“沈黙”を語る重要な役割を果たしています。

こんな人におすすめ

  • 芸術や表現を通じて人間ドラマを感じたい人
  • 吉沢亮・横浜流星の共演による繊細な演技を堪能したい人
  • 李相日監督の作品に共通する“心の闇と救済”のテーマが好きな人
  • 映像美と音楽の調和を重視する映画ファン

まとめ

『国宝』は、芸術と人生、愛と孤独をテーマに据えた、李相日監督の新たな代表作といえるでしょう。 派手な演出や明快な答えを避けながらも、観る者の心に深く静かに沈み込むような力を持つ作品です。 芸術の頂を目指す二人の青年の姿は、私たち一人ひとりが抱える“生きる痛み”と響き合います。

スクリーンの中で、彼らが見つめる光は何を意味していたのか――。 それはきっと、失われたものを悼みながら、それでも前に進もうとする人間の尊厳そのものでしょう。 『国宝』は、見る者に深い余韻と静かな感動を残す、まさに2025年を代表する一作です。

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